いのち宣言
【提言】人間とは未来の共通善に向かって他者と共に価値を創造する動的主体です。考える前に感じ、異質に共感し、対話して跳ぶ発想と出会い、スクラム組んでやり抜く存在になりましょう。
概要
故 野中郁次郎教授によって構築・提唱された知識創造理論は、集合知創造(組織的イノベーション)の原理を明らかにしました。根底にあるのは、「人間とは、未来の共通善に向かって、他者との相互作用をつうじて、意味をつくるダイナミックな主体である」という人間観です。人間は新しい意味をつくるために生きています。関係性のなかで主体的に創造していく意味が知識であり、共通善に向かって価値創造していくダイナミックなプロセスそのものなのです。
現代の経営は、形式論理、数値分析に偏りがちです。形式知が先行すると、人間が本来もっている生き抜く知恵である野性は劣化し、新たな知が生まれません。人間は、直接経験のなかで、「いま、ここ、私だけ」の主観、意味を感じています。生き生きとした主観を、「いつでも、どこでも、だれにでも」共有できる客観に変えるのが科学なのです。
知識創造とは、暗黙知と形式知の相互変換のスパイラルアップです。無意識も含めた暗黙知が形式知の源泉です。SECIモデル(図1)は、暗黙知と形式知の相互変換プロセスの原理を、個人、集団、組織、そして社会・環境という次元で説明しています。
相手の視点に立って共感し、暗黙知を共有・創発し(共同化)、対話を通じて本質をつかみ、レトリックなどを駆使して言葉、コンセプトにしていく(表出化)。そのコンセプトをあらゆる知を総動員して、理論や戦略、「物語り」などの集合知にし(連結化)、その集合知を実践し、身体化する(内面化)。このプロセスをダイナミックにスパイラルアップさせていくことで組織的イノベーションは可能になります。
たとえば製薬企業のエーザイ株式会社は、知識創造理論を経営の実践に応用しました。社長直轄の知創部がリードして、SECIモデルの起点である共同化のための活動に、職種や部署に関わらず、グローバルに全従業員が実務時間の1%を費やしています。
共通善は、組織的知識創造プロセスのベクトルを方向づけると共に、日常の判断基準を示します。また「世のため人のため」という「大義」を示し、その意味に共感する人びとを一枚岩にします。実際、エーザイは、2005年株主総会を経て企業理念を定款に定め、内外に存在目的を示しました(2022年に改訂)。さらに、一人ひとりの実践を通じて、企業理念をお題目にせず、現実の生き生きとした文脈のなかで意味づけています。
個人の主観と社会や組織の客観を媒介するのは、共感です。関わる者どうしで共通の時空間をつくり、「こうとしか言えない」という無我の境地に至るまで、徹底的な真剣勝負の対話を重ねるのです。共感を媒介に、忖度や妥協なしの青くさい議論を本気で行う「知的コンバット」の場を組織内外に必要です。全員経営で、境界を越えてスクラムを組み、一人ひとりの豊かな潜在能力を解放、結集して、自律分散的に集合知創造を実践するのです。
対立項を切り捨てるトレードオフ、あるいは二項の単純な平均や予定調和からは、新たな意味は生まれてきません。価値をもたらす跳ぶ発想、ブレークスルーを達成するためには、物事を「あれもこれも」の二項動態(dynamic duality)として捉えることが必要です。矛盾から生まれる衝突、葛藤から逃げずに、両極端の異質性、共通性に互いの暗黙知も含めて真剣に向き合うことで、新たな「物語り」を共創し、共通善にむかって自己変革できるのです。
組織的知識創造プロセスを促進するのは実践知リーダーシップ(フロネシス)です(図2)。実践知とはアリストテレスの言う実践的知恵・賢慮です。未来の共通善に向かって、現実におけるダイナミックな文脈の只中で、その都度、最善の判断と行動をタイムリーに選択する賢い「生き方(a way of life)」を一人ひとりが覚悟をもって実践していくことが重要です。
いのち会議は、野中教授の知識創造理論を継承・発展させ、それぞれの人が未来の共通善に向かって他者と共に価値を創造する場を広げてまいります。


参考情報
・一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻(ICS) 野中研究室
https://www.ics.hub.hit-u.ac.jp/jp/faculty/profile/nonaka_ikujiro.html
・一般社団法人 野中インスティテュート・オブ・ナレッジ
https://nonaka-ik.org/
・エーザイ株式会社における知識創造活動
https://www.eisai.co.jp/hhc/activity/index.html
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